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プロヴァンス滞在記 − 巡礼地にて −
0.巡礼 (pelerinage)
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14年前、神保町の古本街で見かけた一冊の写真集が忘れられない。
確かタイトルはそのものずばりの『サンチャゴ巡礼路』だったか・・・、定かではないが。
それまで私はサンチャゴ巡礼路について知ってはいたものの、その写真集を見たときの衝撃は大きかった。
ヨーロッパにおいては巡礼は過去のものと思っていた私にとって、そこに写し込まれている巡礼者たちの情熱は迫力があり、感動的であった。
そして背景の風景はとても美しく、そのコントラストが私の脳裏に焼き付いてしまった。
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ひまわり畑(ブルゴーニュにて)
中世の頃はここもおそらく鬱蒼とした森林帯であったことだろう。
当時と風景は大きく変わったが、
人々の心情心理は現代とどれぐらい違うのだろうか・・・?
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柱頭の彫刻(コンク:Conqueにて)。
中世の柱頭の彫刻にはユニークなものが多い。
(レプリカ)
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一般に、巡礼地としてよくイメージするのはイスラム教のメッカ、あるいは千年に渡り紛争の焦点になってきたエルサレム、そして5体投地礼で有名なチベット・カイラス山だろうか?
そして私たち日本人にとってもっとも身近な巡礼は四国48ヶ所だろう。
昨年正月には山口の実家へ帰省がてら、四国をドライブしたのだが、その際にも数多くのお遍路さんを見かけ、驚き、感心した。
じつは日本でもまだまだ、巡礼は身近なものなのである。
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私は常々、世界中のいろんな社会を知るには、それぞれの社会の宗教的な側面を知ることがとても重要だと考えている。
なぜならば、その社会に生活する人々の理論枠組みを支えるものは必ずしも経済理論のみではなく、宗教倫理・宗教観であることが多いからだ。
現代日本では宗教意識が希薄になり、なかなかピンとこない事が多いが、この点をしっかり踏まえて行動しないと、現地にて傍若無人な振る舞いをしてしまう結果になりかねない。
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タンパンの彫刻(コンク:Conqueにて)。
最後の審判を表現。中央のキリストから右側が地獄で
左側が天国を表す。中世前期の、キリスト教世界観が
実にわかりやすく表現された名作だ。
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ステンドグラス(カルカッソンヌ:Carcassonneにて)
教会内のステンドグラスの光や、交叉リブの形状、
柱頭の彫刻などにはキリスト教化以前の
異教の世界観が色濃く反映されている。
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また、宗教とその歴史を知ることによって、その土地々のいろいろな建造物、美術、文学等、文化をより深く理解できるようになるのだと思う。
巡礼地とはある意味、最もレアな形でそれらを実感できる場所ではないだろうか?
ちなみに、フランス語で巡礼は pelerinage という。英語ではpilgrimage。
ヨーロッパ文化を知るひとつの手がかりとして、巡礼地めぐりはなかなか興味深い。
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蛇足だが、神保町の古本街で見かけたサンチャゴ巡礼路の写真集は、そのとき持ち合わせがあまり無く、買おうかどうしようか迷った挙句、結局買わないで帰った。
後日買いに行ったときはもう無く、その後も古本屋に行くたびに探すのだが、再会できない。
あの時無理をしてでも買っておけばよかったと、とても残念に思っている。
(2003/05/13作成) |
床の装飾。
モン・サン・ミシェル(Le Mont Saint-Michel)にて |
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